2009年03月29日

自己管理能力

自己管理能力を身につけないと。


家に帰ると8時、9時、10時。

寝ても疲れが取れずに起きたら6時。

家事もろくにできずに、すぐ出発。

こんな生活、辛いし続かない。


「明日がある」という前提の下、

無理にならず、それでいて怠惰にならぬ生活を送れるように
セルフマネジメント力を身につけないと。
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2009年03月28日

真理は厳粛


真理は厳粛なものであり、軽々しく「あれは真理」と言えるものではない。

また人間が認める認めないにかかわらず、真理というものは「ある」ものである。

それらをよく踏まえた上で、真理とは何かを考えてみよう。

まず1つには、理性において十分に納得できるものであること。理性にすら劣るものが真理とはいえまい。

2つには、体験にあうこと。著名人の言葉など。
しかし、その判断も間違い。なぜならば、そこには「自分が正しいものが真理だ」という価値判断が混ざっているから。
その意味で、人間は真理を知ることはできない。科学者とは皮肉な生き物だ。

その上で、その真理の尻尾のようなものを見つけたら
決して逃してはならない。


また、私的には”ハッキリと知らされる”ということも真理といえる条件と思う。
曖昧糢糊では、当人にとっての真理にはなりえない。


納得できる、というよりは、納得せざるをえない、という感じ。
偏見や思い込み、自身の願望やうぬぼれなど、それらを一切とりはらった正当な評価をした上で、納得せざるをえない。


Q:2つの経釈について、理性的に解釈して納得できるように説明する人がそれぞれいたとしたら、真理が2つあることになるが、どうするか?

A:まず、それを納得できるように説明する学者がいるのかどうかが問題。いないのならば、この問い自体が無意味。

もし、いるとしたならば、その学者の話をよく聞いて、その上で本当に納得できるものであれば判断を改めることもあるだろう。

真理が2つある、というのであれば、それはどちらかが間違っているのだろう。

しかし、この判断の仕方(自分が納得できるもののうち、「こちらが真理」と判断を下すこと)も、自分を中心にした考えであり、うぬぼれである。
posted by 健康奉仕 at 08:59| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月02日

しょっぱなから愚痴愚痴と

しょっぱなの記事から、愚痴愚痴と申し訳ないのだけれども

やはり愚痴というやつは、愚も「おろか」、痴も「あほ」という意味だと頭では納得していても

どうしても気に入らないことがあると、愚痴愚痴と出てしまうものだ。


それでついつい言ってはならないことを言ったり、すべきでない態度をとったりして

後から後悔させられることしきりではあるのだけれども

それでも、ただいま愚痴の心に支配されてしまっているそのときには

後は野となれ、山となれ、

理性も吹っ飛んで愚痴愚痴言ってしまうから恐ろしい。


恐ろしいんだけれども、たとえ恐ろしかろうが、あいつよりはマシじゃ!と思うからどうにもならん。

それがアホな心だと思っていても、思えない。


そりゃあ相手にだって都合があるのだ。

相手だって聖人君子じゃない。欲と怒りにまみれた人間ではないか。

とすれば、あまりに無茶な要求をしすぎる方が酷というもの。

自分だって五十歩百歩なのだ、

といくらなだめてみても一向に気が晴れないから困ったもんだ。


そこでまぁ、こうしてブログでも書いてストレス発散できるかどうかとやってみているのだが

さすがにこれを誰かが読んでしまうと思うと、あまり無茶なことは書けない。

やはり文章にはエネルギーがある。

マイナスのエネルギーの文章を読むと、読んだ人はマイナスのエネルギーを受け取るものだ。

それはあまりに申し訳ないから、やはりあまり無茶は書けない。


空元気でも、前向きな言葉で締めくくろう。

できる!できる!必ずできる!

できる!できる!必ずできる!



ラベル:愚痴
posted by 健康奉仕 at 22:47| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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